氏  名 窪田 徹郎
生年月日 昭和12年11月16日
干  支
出身地 大阪市
経  歴 昭和30年4月~32年   東京テレビ学校
昭和32年~35年    東芝でテレビ修理技術者として勤務
昭和35年~38年    テレビ修理店として独立
昭和42年        競売専門会社 有限会社小金井商事設立
現在に至る

私が、不動産競売に携わったのは、現在の民事執行法の前の競売法で行われていた当時からです。昭和55年に全面改正されましたが、入札書の用紙が有料になり、保証金の振込用紙を銀行に備え付けられているものを使用していたため甚だ疑問が続きました。

本来、不動産競売は、裁判所が執行官に職務命令でします。そのために入札用紙その他の必要書類は、執行官が用意するわけです。執行官は裁判所の職員とされていながら国からの棒給はなく、それらの入札用紙等全て執行官室で用意します。そのために全国の執行官室で有料で配布した入札書を私たちが買受け入札していました。
ところが全国でその額がまちまちで、例えば、金沢の裁判所では1通50円、名古屋30円、新潟10円等々、私は全国を回っていた関係で知り得ました。

保証金の振込みは、銀行の備え付けられている用紙を利用していたので、銀行からの受理書をそのまま裁判所に提出するために、手元には残りません。残金納付時点でも残金だけの受領書です。
つまり、保証金の受領書が手元にないのです。

そこで、私が平成2年に最高裁判所に上申し、最高裁判所はこれを認め、現在全国で入札書は無料となり、振り込み書は3枚綴りの現在使われている用紙に均一されました。
それら関係の原本も手元にありますので、参考資料②第五 - 1.に載せてあります。

何故、一遍して転職したかエピソードがあります。

昭和38年と云えば、翌年の東京オリンピックをひかえ、日本中が好景気でした。それにしても、1代500円のテレビ修理代金で生活していた私に、ある老人がカラーテレビを現金23万円で買ってくれました。
聞いてみると、裁判所で不動産を買っている、と云うのです。若き私は検討も尽きませんでしたが、その老人の運転手になることになり、1か月数回送り迎えしていました。

ある日のこと「ごくろうさま」と20万円のお小遣い(?)をくれました。当時、歌でも歌われていたように一か月の給料が13,800円だったころですから、驚きも想像を絶するものでした。その日を境に、本格的に勉強する気になり、3年ほどでその老人と会社を設立したのです。